パリ五輪。決勝トーナメント進出を決めた日本男子バレー代表ベンチには、常に背番号3「藤井直伸」選手の写真があります。
日本代表の名セッター、藤井直伸選手は31歳の若さで亡くなられました。
藤井選手は2020年の東京五輪に日本代表として出場し、チームの中心選手として活躍されていました。
五輪後の健康診断で発覚した胃がんはすでにステージ4に進行した状態でした。必死の治療に取り組まれましたが、惜しくも2年間の闘病の末、31歳の若さで逝去された名プレーヤーです。
1.本記事のテーマ
- 胃がん発覚と闘病生活
- 「藤井直伸」選手プロフィール
- パリ五輪「藤井直伸」選手の存在
2.胃がん発覚と闘病生活

藤井選手は2022年2月、自身のInstagramで胃がんの診断を公表しました。
当時、藤井選手は「昨年末の試合から目の不調を感じており、なかなか症状が改善されず、検査入院をした結果、胃がんと診断された」と説明しています。
ステージ4の胃がんと診断された藤井選手は、必死の治療に取り組みました。1年にわたる闘病生活の中で、57キロあった体重が10キロ以上も減少しました。また、免疫抑制剤など1日20錠もの薬を服用する厳しい治療生活を送っていたと報告されています。
しかし、藤井選手の容態は徐々に悪化していきました。2022年2月の時点では寛解状態にあったものの、その後の経過は芳しくなく、結局31歳の若さで2023年に亡くなられたのです。

3.「藤井直伸」選手プロフィール

「藤井直伸」(ふじいなおのぶ)選手プロフィール
・藤井さんは1992年1月5日生まれ、宮城県石巻市出身。
・順天堂大学卒業後、東レアローズに所属。ポジションはセッター。
・2016年、2017年には「ベスト6賞」を受賞。
・2017年に日本代表に初選出。同年の第19回アジア男子選手権大会でベストセッター賞を受賞。
・東京五輪の代表として、21年7月のベネズエラ戦で五輪初出場。
・2022年10月、闘病を公表。
・2023年3月10日、胃がんにより逝去。
藤井選手は司令塔である「セッター」として活躍されました。
「世界一美しい」と評されるクイックなど、相手に思うようにブロックさせないトスワークが持ち味でした。
また、性格も明るく、誰からも愛される名司令塔でした。

4.パリ五輪「藤井直伸」選手の存在

パリ五輪予選から、常に「藤井直伸」選手は代表チームの一員でした。

負けた日の夜、テレビで藤井さんの特集を見て思うことはたくさんあったし、もう負けてはいけないなと思った。



藤井選手が亡くなった後、西田選手が見た不思議な夢で、、
「飲食店みたいな所で藤井さんと一緒に話しているんですよ。そしたら藤井さんが『バレーボールやりたいなあ』って言っていて…」



もっと成長して藤井さんに『こんなにできるようになったよ』と言いたい。藤井さんもほめてくれるんじゃないかな。
パリ五輪準決勝、NHK中継で解説を務める元ラグビー日本代表の藤井達哉さんは、



今、ベンチに、藤井選手の写真が映りましたけど、全員で一緒に戦ってますよね。
関田選手と一緒に日本のバレーの礎を作ったのが藤井選手でしたから。この舞台に立ちたかったと思うんですよね。
この思いを背負いながら、素晴らしい試合を今やってると思います。

