皆さんは、日本の食卓に欠かせないお米を作っている米農家の経営実態をご存知でしょうか?
近年、米価は高止まりが続いていると言われていますが、実は米農家の収入事情は非常に厳しいと報じられています。「時給10円」という衝撃的な数字も話題になりました。
今回は、米農家の収入の仕組みや流れを解説し、実際の経営状況について詳しく見ていきましょう。
本記事のテーマ
- 米農家の収入を決める「概算金」とは?
- 概算金と農家の現金フロー
- 近年の米価の推移と概算金の状況
- 米農家の経営コストと利益構造
- 「時給10円」の衝撃的実態
1.米農家の収入を決める「概算金」とは?

米農家の収入を語る上で避けて通れないのが「概算金」という制度です。
概算金とは、JAなどの集荷業者が農家から米を集荷する際に支払う前払い金のことで、いわば「仮渡金」です。
概算金は農家の年間収入サイクルの中で重要な役割を果たしており、そのタイミングや金額は米作りの一年のスケジュールと密接に関連しています。
1.米作りの年間スケジュール

まず、米農家の一年の流れを理解するため、基本的な米作りのスケジュールを押さえておきましょう。
- 1~3月:土づくりの時期
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- 前年の稲わらなどを分解させる
- 畦(あぜ)の補修
- 田んぼの整備作業
- 4月:種まき・苗づくりの時期
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- 種籾の準備
- 育苗箱への播種
- 育苗ハウスでの管理
- 5月:田植えの時期
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- 代かき(たがき)作業
- 田植え機による苗の移植
- 水管理の開始
- 6~7月:生育管理の時期
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- 水管理(水入れ・中干し)
- 雑草対策
- 病害虫防除
- 8月:出穂・開花の時期
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- 穂肥(ほごえ)の施用
- 水管理の継続
- 病害虫防除
- 9~10月:収穫の時期
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- 刈り取り
- 乾燥・調整
- JA等への出荷
- 11~12月:販売・次年度準備の時期
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- 米の出荷・販売
- 収支の確認
- 次年度の計画立案
2.概算金の仕組みとタイミング

概算金は、JAなどの集荷業者が農家から米を集荷する際に支払う前払い金(仮渡金)です。以下、時系列で見た概算金に関わる流れを詳しく解説します。
- JA全農の県本部や経済連が、その年の需給環境や生産コストを踏まえて、品種・等級ごとの概算金を決定します。
- この時期はまだ収穫前であり、実際の収穫量や品質は確定していません。
- 農家にとっては、この概算金の額によって、その年の収入の目安が立ちます。
- 決定された概算金の額が各地域のJAに通知され、JAはこれをもとに農家に対して支払う「生産者概算金」の金額を決めます。
- 最近では、コメの集荷競争が激化していることから、JAしまねのように「最低保証額」を田植え前の早い時期に提示するケースも出てきています。これは農家にJAへの出荷を促す狙いがあります。
- 秋の収穫期に農家がJAにお米を出荷します。
- 出荷時に、米の重量や品質(等級)に応じて概算金が一括で農家に支払われます。
- これが農家の主な現金収入となります。
- JAや全農が実際に米を販売し、販売実績が固まってきた時点(半年~1年半後)で、販売金額から経費や概算金を除いた額が「精算金」または「追加払い」として農家に支払われます。
- 追加払いが行われるタイミングは地域によって異なります。ある地域のJAの例では、令和4年産の米を令和5年9月末に全量販売完了し、令和6年3月末に精算していることがわかります。
- 追加払いは一括で行われるケースや、数回に分けて行われるケースがあります。
- 米価の高騰など市場状況が大きく変化した場合、年度途中でも概算金が引き上げられることがあります。
- 例えば、令和6年の富山県では県産米の概算金が4,100円追加で引き上げられ、既に出荷された米にも追加分が支払われました。

2.概算金と農家の現金フロー

概算金制度が農家の収入や経営に与えるメリット・デメリットの影響について詳しく見ていきましょう。
1.資金繰りの安定
- 収穫時にまとまった収入が得られるため、次の作付けに向けた資金計画が立てやすい
- 販売が完了する前に現金収入が得られる
2.販売リスクの軽減
- JAが販売リスクを負ってくれるため、農家は市場価格の変動に左右されにくい
- 安定した収入が期待できる
1.価格上昇のタイムラグ
- 米価が上昇しても、概算金の引き上げまでにタイムラグが生じる
- 精算金は翌年度になるため、現在の市場価格が高くても即時に収入増につながらない
2.選択肢の限定
- JAを通じた販売が前提となるため、直接販売などの選択肢が制限される
- 独自のマーケティングや販売戦略を取りにくい

3.近年の米価の推移と概算金の状況

近年の米価は高止まりが続いています。
全農と卸売業者との取引価格は、60キログラムあたり、2021年産が1万2,804円、2022年産が1万3,844円、2023年産が1万5,306円と上昇傾向にあります。
2024年産米の概算金も前年に比べて大幅に引き上げられており、60キロあたり1万6,000~1万7,000円が中心となっています。前年産からの上げ幅は2~4割程度です。これは米の需給がひっ迫していることを示しています。
競争の激化による変化
- 民間業者との集荷競争が激しくなる中、JAはより早い時期に概算金を提示したり、最低保証額を設けるなどの対応を取り始めています。
- 例えば、JAしまねでは2025年産米から最低保証額を提示するという新たな取り組みを始めます。

4.米農家の経営コストと利益構造

米農家の経営を左右する最大の要因は生産コストです。
農林水産省の統計によると、令和4年産米の10a(アール)あたりの全算入生産費は12万8,932円、60kgあたりでは1万5,273円でした。
- 肥料費
- 農薬費
- 機械の減価償却費
- 燃料費
- 水利費
- 労働費
- 地代(土地の賃借料)
特に近年は肥料や燃料の価格高騰により、生産コストが上昇しています。2023年の肥料費は2020年の143.0万円から184.9万円に増加、動力光熱費も上昇しており、農家の経営を圧迫しています。

5.「時給10円」の衝撃的実態

「米農家の時給は10円」という衝撃的な数字が報道されました。
これは農林水産省の「営農類型別経営統計」の2022年の「水田作経営」のデータから算出されたものです。
平均的な米農家の年間農業所得はわずか約1万円。これを年間労働時間で割ると、時給換算でおよそ10円という結果になります。一般的な労働の平均時給(1,669円)と比べると、あまりにも低い数字です。
この「時給10円」については、データの解釈方法に議論がありますが、多くの米農家が厳しい経営状況にあることは間違いありません。
農家の規模による収益格差

米農家の収益性は経営規模によって大きく異なります。
- 小規模農家(10ha未満):60kgあたりの平均コストが1万2,000円を超え、多くが赤字経営
- 大規模農家(20ha以上):規模のメリットを活かしてコストを抑制、収益性が高い
政府の統計によれば、水田の作付延面積が20ha以上の場合、農業粗収益は約4,800万円、農業経営費は約3,600万円、農業所得は約1,200万円にのぼります。
経営規模を拡大することで、収益性を高めることができるのです。
なぜ赤字でも米作りを続けるのか

統計上、日本のコメ農家の95%は経費が売り上げを上回る赤字経営であり、所得ベースでみても半数が赤字だと言われています。
それでは、なぜ多くの農家が赤字でも米作りを続けるのでしょうか?
- 兼業農家が多く、他に主な収入源がある
- 先祖代々の田んぼを守りたいという思い
- 農地を維持することで固定資産税の軽減措置が受けられる
- 高齢化により新たな仕事への転換が困難
特に小規模な兼業農家では、米作りは副収入であり、生きがいや趣味的な側面もあります。しかし、これが日本の米価格の構造的な問題の一因ともなっています。
